私が一番したいこと

自然という言葉はよく聞くけれど、自然と人間を分け隔てる考え方に聞こえる。
でも人間も自然物であることは確か。
人間の意識を加えない状態のことを自然というなら、人間の自然とはなんだろう。

意識しなくても私たちはお腹が空くし、喉も渇く、排便をもようすし、眠たくなる。
体は自然物だし、体の機能も自然エネルギーによるものだと思う。
意識しなくても突き動かされる衝動によって生きている。
これが自然ということになる。
自然にはきっちりとした秩序があり、規則性がある。
命は無秩序から生まれるといわれる。無秩序から意識の力によって秩序を生み出すという。
人間は自然の意識から生み出された自然物なら、
人間の意識はなんなのか。

子どもは意識自体も自然だと私は思っている。
素直に泣いて笑って怒って喜んで、今というありのままの表現しかしない。それは意識自体が自然と一体の状態だといえる。不安がない状態。
自他を隔てない意識なんだと思う。

じゃあ自然とは違う意識って何?
自他を隔てて、時空間の中に閉じこもり、自分の世界しか見ようとしない、そういう意識ではないのか。
未来に不安を持ち、過去にとらわれ、今ではない不安という意識のことではないか。

不安からくる意識でつくるものは不自然な人工物、
ありのままの意識からつくるものは自然な人工物。
といえるんじゃないだろうか。 

誰しも始めは子どもだったのだから、誰もが自然と一体の意識状態を知っているはず。
時間とともに忘れてしまうことが多い。でもいつでも思い出せる。
だって私たちは自然物であるのだから。

不安というのは強力な影響力を持っているから、支配層の1番の手段として不安を利用してきたのが人類の歴史。
不安は私たちをどんどん不自然にしていくもの。

自分の中に眠る自然、子どもの心を呼び起こすこと、
素直なわくわく感や、お母さんに抱かれるような安心感を呼び起こそう。
一人一人の心の灯火に。
それが私が一番にしたいことなのだ。

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